東京高等裁判所 昭和29年(ネ)359号 決定
ところで抗告人が抗告理由第一点、追加理由書第一の第三点、追加抗告理由書第二において指摘する如く、仮処分決定に対し異議の申立があつた場合に民事訴訟法第七百四十八条、第七百五十六条に従い、異議申立人の申立により(一)同法第五百四十七条または(二)第五百十二条を類推適用して、当該仮処分決定の執行を一時停止または取消すことができるかは(右条文以外に直接の明文上の根拠となるものはない)頗る疑問の存するところである。
(一) 民事訴訟法第五百四十七条準用の有無について。
仮処分の裁判は本案請求権を確定するものでなく、且つ本案請求権が爾後の事情により消滅した場合につき、仮処分に準用せられる同法第七百四十七条の規定存するに徴すれば、債務者は仮処分命令に対しては仮差押命令に対すると同じく、請求に関する異議の訴を提起するを得ないとした法意を窺知するを得べく、同法第五百四十七条の規定は請求に関する異議の訴の提起を前提とするものであるから、仮処分命令に対し異議の申立ある場合これを準用すべきでないと解さねばならぬ。(なお仮処分命令に対する異議の申立そのものは、仮処分の執行を停止するものでないことは、仮処分に準用せられる同法第七百四十四条第三項参照)
(二) 民事訴訟法第五百十二条準用の有無について。
仮処分決定に対する異議の申立または仮処分を命ずる判決に対し上訴の提起があつた場合に、民事訴訟法第五百十二条を準用してその執行の停止若しくは取消を命じ得るや否やに関し、学説上は積極説、消極説或は債権者の満足を目的とする仮処分に限り準用を肯定せんとする折衷説など、区々たるを免れない。この点に関する最高裁判所の判例によれば「仮処分を命じた判決に対し上訴の提起せられた場合、その判決の内容が権利保全のためにする緊急処置たる範囲を逸脱して権利の終局的実現を命じているときの外、仮処分判決の執行停止決定をすることはできない」(昭和二三年(マ)第三号同年三月三日第一小法廷決定、判例集第二巻第三号)とし、或は更に「仮処分判決に対し上訴が提起されたときは、仮処分の内容が、権利保全の範囲にとどまらず、その終局的満足を得しめ、若しくはその執行により債務者に対し回復することのできない損害を生ぜしめるおそれある場合に限り、その執行の停止を求めることができる。」(昭和二五年(ク)第四三号同年九月二五日大法廷決定)とされ、その理由によれば結局権利保全のための緊急措置たる仮処分の本質に照らし、叙上の如く原則として民訴法第五一二条の準用を否定されながらも、例外として各場合において具体的になされた仮処分の内容が、権利保全の範囲を超えて終局的満足を得るものであるか、若しくはその執行により債務者に対し囘復することのできない損害を生ぜしめる虞れある場合においてのみ、前記法条の準用を認めんとする立場を採つていることは明らかである。
ところで本件仮処分は、債権者たる抗告人がその有する特許権の侵害を理由とし、本案判決確定に至るまで相手方に対し、一定の成分内容を有するパーマネントウエーブ溶液の製造販売を禁止せんとするものであつて、かかる内容の仮処分と雖も被保全権利の存在並びにその必要性の疏明あるにおいては、仮の地位を定める仮処分として理論上可能なものと謂うべく、内容それ自体仮処分の目的範囲を逸脱した違法なものであると断じ得ないこと勿論である。しかしながら、かかる債権者の満足を目的とする仮処分執行に因り債務者たる相手方は、その営業の大部分を占める「パーマネントウエーブ用溶液」の製造販売を一切禁止せられる結果、相手方会社の業務は全面的に停止するの止むなきに至り、その生産設備の曠廃・多数従業員の失職等会社本来の存在を危殆に瀕せしめ、若し後日債務者勝訴の判決を得ても、右仮処分の執行に因り到底囘復することのできない損害を生ぜしめる虞れあることは、右執行の取消を申立てた相手方の疏明によつて窺い得るところである。従つてこの場合前掲昭和二十五年九月二十五日最高裁判所大法廷決定において、例外として民訴法第五百十二条の準用を肯定した判旨後段の趣旨にも該当し、原決定も右見解に従い、右法条の準用によつて本件仮処分執行の取消(同条によれば執行の停止のみならず、そのなした執行処分の取消を命ずることもできる)を命じたものであること、当該決定自体により諒し得るのである。抗告人は抗告理由の一として、本件の場合同条を適用すべからざるにこれを適用し、仮処分執行の取消をしたのは違法であると、主張しているのであるから、この点に関する限り不服申立を禁止した同条第三項の適用なきも、既に本件において同条の準用ありと判断される以上、右の点についての抗告は失当であり、爾余の抗告理由は、原裁判所の実質上の審査の結果に関する判断を云為するものであつて、かかる点については、同条第三項に照らし不服申立は許されないのであるから、その当否を判断するまでもなく却下を免れない。
(斎藤 菅野 坂本)